相談したいこと · その理由
感じるのは結果です。原因は感じ取れず、フィールドの中でだけ見えます。だから、相談したいこととリコの分析は、別々の道を進みます。
どちらも大切です。ただ、混ざってはいけないのです。
二つの道
申し込みのときに書いたことはどうなり、リコの作業はどこから来るのでしょうか。図は両方を並べて示しています。
リコはこの違いを一文にまとめています。結果だけを感じていて原因は見えていない人から聞いたことをもとに、フィールドで作業することはできない。原因は感じ取れるものではなく、フィールドの中でだけ見えるのです。
原因がしばしば別の場所にある理由
リコはこれを一つのたとえで話します。世界一のマラソンランナーが、急に走るのに苦労しはじめます。そこへ、よく見る人がやって来て気づきます。足にとげが刺さっているのです。
ランナーは、走るとどんな感じがするかを正確に説明できたでしょう。それでも、とげは見つからなかったはずです。相談したいことも、これに似ています。体験していることは正直に書けます。それがフィールドのどこで生まれているかは、フィールドを見て初めてわかります。
自分の原因を誰も説明できない理由
どこが苦しいかは、自分でわかります。どこで苦労しているか、毎日の暮らしで何に縛られているかもわかります。それがフィールドのどこから来ているかは、リコによれば、感じていることからは読み取れません。リコの経験では、これに例外はありません。ですから、自分をどれだけよく知っているかとは関係がありません。
「たいていの人は、人生で原因に向き合っているのではなく、そこから生じる問題に向き合っています。だから、たいていの人は原因についてではなく、そこから生じる問題について話すのです。」
リコ・ブルンナー
そこから何が起こりうるかも、リコは目にしています。自分にとても熱心に取り組み、多くを動かし、成長していく人がいます。けれども、感じ取れることを手がかりにするので、生まれている場所とは別のところに手をつけてしまうことがよくあります。正直な努力も、正しい場所の代わりにはなりません。その理由は「 努力だけでは足りない理由」のページで説明しています。
相談したいことが分析を左右したら、どうなるか
リコは、相談したいことを脇に置く理由をはっきり説明しています。もしそれを出発点にしたら、こうなります。
- 相談したいことが中心になる。どこを見るかを決めるのは、もうフィールドではなく、ご自身の説明になります。
- 見方が引っぱられる。そのつもりがなくても、見る目は苦しいところを探してしまいます。リコはこれを受け身の影響と呼びます。
- 情報が示すのは結果。それは何が現れているかを語っていて、どこで生まれているかを語ってはいません。
- 分析がゆがむ。フィールドがどう働いているかではなく、誰かの体験に合わせてしまいます。
- 作業が場所を外す。結果に作業することになり、原因はそのまま残ります。
だから、リコによれば、相談したいことは分析の役に立ちません。脇に置かなければ、むしろ妨げになります。リコはそれを避けることを身につけました。
リコが脇に置くことを身につけなければならなかった理由
相談したいことを脇に置くのは、簡単そうに聞こえます。リコは、それに長い時間がかかったと率直に言います。自分自身の知識に対しても求める、同じ規律です。
「わたしにとって最大の課題の一つは、自分の知識、それまでにエネルギーやエネルギーフィールドについて学んだすべてを、切り離すことでした。」
リコ・ブルンナー
何が見つかるかをすでに知っていると思っている人は、リコによれば、最後にはフィールドと自分の思い込みが混ざったものを見ることになります。事前の面談も同じです。個人的な印象が残り、それがフィールドを中立に見る妨げになります。だから遠隔伴走では、リコには面談も写真も要りません。
相談したいことの扱いは、写真とは違います。リコはそれを退けません。読み、ご自身の必要として真剣に受け止め、分析のときには脇に置きます。情報なしでリコがどうフィールドを見つけるかは、「 リコがフィールドを見つけて読む方法」にあります。
二つの道がふれ合うところ
別々というのは、二つの道が互いに関係ないという意味ではありません。どちらも同じフィールドに関わっています。リコはフィールド全体から始め、原因がどこにあり、どこがいちばん滞っているかを探します。リコの経験では、人が持ってくる問いは、たいてい結果が現れている領域にあります。
ですから、相談したいこととリコの分析は、よく一致することがあります。ただ、出発点が反対の端なのです。ご自身は体験していることから、リコはフィールドのつくりから。あとで エネルギーフィールド分析 (ドイツ語のみ)を聞いて、その中に相談したことが見当たらなくても、それも同じようにありうることです。原因は、結果とは別の場所に現れることがよくあります。
相談したいことが意味を持つところ、持たないところ
意味を持つ
- 真剣に受け止められる、ご自身の必要として
- 何から始めたかを残す、自分のためのメモとして
- あとで振り返るときの比較として
左右しない
- フィールドの分析
- 何に取り組むかの選択
- 圧力への作業。今日のフォーカスでも同じ
今日のフォーカスでも、リコは誰かに挙げられた症状には取り組みません。フィールドの中で本当に負担過多を引き起こしているのはどれかを見て、フィールド全体の圧力を調整します。
それがご自身にとって意味すること
何かを正しく説明する必要はありません。原因が何かを知っている必要も、リコの役に立つ言葉を見つける必要もありません。それは肩の荷を下ろすことで、そういう意図です。
大切なことがあれば、書いてください。何も書かなくてもかまいません。どちらの場合も、リコは同じように正確にフィールドを読みます。
いま多くを抱えている人は、くわしく話したいかもしれません。手に入れたものを保ちたい人は、ひとことだけ書くことが多いでしょう。先へ進みたい人は、方向だけが頭にあることもあります。分析にとっては、どれも同じです。
よくある質問
- どこでつまずいているかは、自分がいちばんよくわかっているのではありませんか?
- どんな感じがして、どこで縛られているかは、ご自身がいちばんよくわかっています。それはほかの誰にも言えません。でも、それがフィールドのどこで生まれているかは、リコによれば、感じていることからは読み取れません。そのためには、フィールドを見る必要があります。
- それなら、相談したいことは書かないほうがよいですか?
- それはご自身で決めてください。リコは、相談したいことがあってもなくても、まったく同じように作業します。それでも書いておくと、自分のために役立ちます。あとで、何から始めたかがわかるからです。その活かし方は「 感じるより観察する」にあります。
- たくさん書くと、じゃまになりますか?
- いいえ。リコは分析のときにそれを脇に置くことを身につけています。長い文章で、作業が正確になることも不正確になることもありません。
- 思い違いをして、まちがったことを書いたら?
- 何も起きません。相談したいことは分析を左右しないので、まちがった方向へ導くこともありません。
- それでも、相談したいことがリコの見つけるものと関係していることはありますか?
- はい。どちらも同じフィールドに関わっていて、リコによれば、ご自身の問いはたいてい結果が現れている領域にあります。でも、原因がまったく別のところにあることもあります。
この先
リコがフィールドで何を読むかは、「 リコがフィールドから読み取ること」にあります。自分の努力がしばしば別の場所に向かう理由は、「 努力だけでは足りない理由」で説明しています。概要に戻る:「 相談したいこと」。