リコ・ブルンナーの仕事のしかた · フィールドを見つけて読む
リコは、その特徴からフィールドを見分けます。それから、どこが働いていないかを見て、見えないものは何も付け加えません。
それは、子どものころからの知覚で、1998年から仕事の中で鍛えてきたものです。外から検証することはできません。リコもそう言っています。
リコがどうやってフィールドを見分けるか
リコの知覚では、人はそれぞれ自分だけのエネルギーフィールドの特徴を持っています。それは指紋のように、まぎれもないものです。リコは、自分の知覚からすれば「取りちがえることはありえない」と言います。
その特徴の痕跡は、ご自身がすることのすべてについてきます。メールでも、申し込みでも同じです。リコは、そのほんのわずかから、それが誰のフィールドかを見分けることを専門にしています。それからフィールドそのものを探します。
「遠隔伴走を申し込んでもらえば、その申し込みを通して、わたしに必要な情報はすべて届きます。」
リコ・ブルンナー
名前と生年月日は、事務のためのものです。リコによれば、読むことには役立ちません。「名前には情報がありません。生年月日にも、その人だけの情報はありません。」役立つのは、ご自身が連絡をしてくるという行動です。
特徴は固定されたものではありません。フィールドが学び、反応し、成長するので、特徴もフィールドとともに変わります。だからリコは、昨日の姿に頼らず、毎日新しく読みます。
申し込みには、ご自身の特徴の痕跡がついています。リコはそれをもとにフィールドを見分け、どこが働いていないかを読みます。写真、ご自身の場所、事前の面談、これまでの経緯は必要ありません。
ご自身の場所が関係ない理由
体はある場所にあります。リコによれば、エネルギーフィールドはそういう種類の距離を知りません。リコは、多くの人が知っていることを思い出させます。同じ部屋にいない人の好意を感じられることがある、ということです。リコ自身、それを抽象的だと言っていますし、実際そうです。
フィールドは、住所ではなく、その特徴によって見つかります。だから作業は、ご自身が休暇中でも、引っ越しても、忙しい一日でも続きます。そのためにじっと座っている必要も、連絡がつくようにしておく必要もありません。
「そしてよいところは、ストレスが多いときも、時間がないときも、休暇中でも、引っ越してわたしから遠くへ行っても、どこにいても、作業できることです。」
リコ・ブルンナー
読むとき、リコにとって時計もありません。リコは、作業しているときの状態を、「止まったような」時間、「静止画のような」時間と説明します。フィールドにはプロセスはあっても、ふつうの意味での時間はないというのです。
見るとき、リコに見えるもの
リコには、イメージも、色も、オーラも見えません。見ようと思えばオーラも見られる、とリコは言います。でも、もう翻訳の必要がないところで作業するほうを好みます。色なら解釈しなければならず、どんな解釈もまちがっていることがありえます。リコの言葉では、見えるものはすでに読み解かれているのです。
リコのたとえは、エンジンを見る自動車整備士や、ソースコードを読むプログラマーです。コードを読む人には、そのプログラムが人の人生で何を意味するかは見えません。見えるのは、どこで引っかかっていて、なぜかです。
「つまり、エネルギーフィールドを全体として見ようとしたら、何か月もかかるでしょう。だから、働いていない領域だけを見るしかないのです。」
リコ・ブルンナー
とらえること自体は、すぐに終わります。説明するほうが時間がかかります。リコは、説明するより見るほうがやさしいと率直に言います。
「エネルギーフィールドをとらえるのに、わたしには1秒にも満たない時間しかかかりません。その一瞬でとらえたものを説明するのには、何分もかかります」
リコ・ブルンナー
リコが読むもの
- フィールドがどう働いているか
- 働いていない場所
- ある場所がどう働くはずか
- どんな順番で進むか
- どの部分がいまどこにいるか
読まないもの
- ご自身がどこにいるか
- ご自身の人生の状況
- ご自身の見た目
- ご自身の人生の中身
左の最後の点は、ここを読むすべての人に関わります。いまつらい時期にいても、手に入れたものを保ちたくても、先へ進みたくても、リコは毎回同じやり方でフィールドを読みます。そのとき、部分ごとに進み具合が違うことが見えます。詳しくは「 助け・安定・成長」をご覧ください。
この知覚はどこから来たのか
リコは子どものころからこの知覚を持っています。リコにとってそれはふつうのことでした。十代になって初めて、ほかの人には自分に見えるものが見えていないことに気づきました。それ以来、リコはこの知覚を伸ばしてきました。本人によれば、技法からではなく、落ち着きと好奇心から。
「いま、ずいぶん年を重ねても、わたしはまだ自然な知覚という原則で作業しています。つまり、安定の中から、自然な好奇心の中から、知覚が絶えず育っていくのです」
リコ・ブルンナー
素質は前提です。それだけでは足りません。リコは練習を強調します。人生で何千時間も練習してきたと言い、それに1998年からの6万回を超えるセッションが加わります。「透視」という言葉は、スピリチュアルに聞こえるので避けています。リコが話すのは知覚です。
それには、エネルギーフィールドについての写真のような記憶も含まれます。フィールドで一度見たものを、リコは覚えています。だから、いまどこにいるか、そのあとどう動いてきたかが見えます。
「今日エネルギーフィールドを見るとき、わたしは知りたいのです。そのエネルギーフィールドは、昨日、おととい、一週間前、一か月前、どんなふうだったか?」
リコ・ブルンナー
フィールドに気づかれずに見る
仕事を始めたころ、リコは思いがけない問題にぶつかりました。フィールドに強く集中しすぎると、それをありのままに見られなくなったのです。フィールドが合わせてきて、リコと関わりを持ってしまう。そうなると、リコはフィールドではなく、自分の影響を読むことになったでしょう。
「だからわたしは、自分自身にしっかりとどまり、自分の中心にしっかりいることを学ばなければなりませんでした。エネルギーフィールドに観察を気づかれずに、エネルギーフィールドを観察できるように」
リコ・ブルンナー
そこから二つの見方が生まれ、その順番は決まっています。まず、フィールドに気づかれずに読みます。ある場所がどこで、なぜ働いていないかを理解してから初めて、意識してそれを見ます。そのとき、リコの理解がフィールドに見えるようになります。
リコの説明による。三つの枠に分けたのは、説明のための工夫です。
あるものを見て、何も付け加えない
リコにとって、読むことでいちばん大切なのは、届く範囲ではなく規律です。脳は、半分しか見えていないものを補います。森の縁では、大きな影がすぐクマになります。森の中なら、それが命を救うこともあります。フィールドを読むときには、それが像をゆがめます。
「解釈しないこと。最後まで、それが本当は何なのかが見えるまで観察する力、規律を持つこと。解釈によってエネルギーフィールドの像をゆがめないこと。」
リコ・ブルンナー
だからリコは、自分には二つの答えしか認めません。壁を見て、それが木でできているのが見えれば、それはわかっています。見えなければ、「わからない、別のものかもしれない」と言います。そのとき推測はしません。自分の知覚をやみくもに信じることもしません。ずっと確かめつづけています。
だから遠隔伴走は、事前の面談なしで行います。ご自身が話すこと、推測、相談したいことは、リコの見方を引っぱってしまうでしょう。よく知っている人のほうが、むしろ読みにくいことさえあります。個人的な印象があいだに入るからです。
「遠隔伴走を申し込んだ人に一度も会ったことがなければ、個人的な印象を脇に置く必要がありません。そもそもないからです。だから知覚に、エネルギーフィールドを読むことに、すっかり集中できるのです」
リコ・ブルンナー
そしてもう一つ、リコはフィールドで読みます。順番です。何を先に扱い、どれだけ速く進めてよいかを決めるのはリコではありません。フィールドがそれを示します。そもそもそうした場所を見られるようになるにはどう学ぶのかを、リコは山で過ごした子ども時代のたとえで話します。それは「 リコがフィールドから読み取ること」にあります。
「ですから、調子を決めるのはわたしではなく、エネルギーフィールドです。どれだけ速く作業できるか、どこに作業しなければならないか、どんな順番で、何を強めなければならないか。それをすべて、エネルギーフィールドの中で読めるのです。」
リコ・ブルンナー
リコに見えないもの、そしてご自身の秘密
リコは、自分の知覚がどこで終わるかをはっきり言います。ご自身がどこにいるかは言えません。「わたしに言えないのは、その人がどこにいるかです。」どんな暮らしをしているかも言えません。「それに、人生の状況も言えません。」そして、見た目も見えません。そのためには写真が要りますが、写真こそフィールドを映しません。
ここで多くの人が、自分の秘密について尋ねます。リコが見るのは、フィールドが働いていない場所で、人生の中身ではありません。フィールドが何かを隠そうとしていても、リコが気づくのは、そこに何かが自然に組み込まれていないということだけです。それが何で、なぜなのかは探しません。
「人の秘密には興味がありません。退屈だと思います。」
リコ・ブルンナー
リコがおもしろいと思うのは別のこと、フィールドがどう働くかです。
確かめられること、確かめられないこと
リコの知覚は、外から検証することはできません。リコ自身がそう言っていて、その一部を誰も信じないだろうと思っています。だから疑ってかまいませんし、リコが作業するために信じる必要もありません。
確かめられるのは流れです。ご自身が伝えること、必要ないもの、そしてリコが説明することが、毎日の暮らしで観察していることと合うかどうか。手間をかけずにそれをする方法は、「 感じるより観察する」にあります。
よくある質問
- 心をひらいていなければなりませんか?
- いいえ。リコは、心をひらくことも閉じることも必要ないと言います。リコの説明では、どれだけ速く、どれだけよく作業できるかを決めるのは、フィールドの仕組みで、ご自身の姿勢ではありません。
- 見られていることに、フィールドは気づきますか?
- 読むときには気づきません。リコは、フィールドに気づかれないように観察することを身につけました。ある場所がなぜ働いていないかを理解してから初めて、意識して見ます。どちらの場合も、ご自身はふつう何も気づきません。その理由は「 すべてを感じ取れるわけではない理由」にあります。
- それは透視ですか?
- リコはその言葉を使いません。スピリチュアルなものと結びつけられるからです。リコが話すのは、細やかな知覚です。リコに見えるのはフィールドで、ご自身の場所でも、事情でも、いましていることでもありません。
- 写真を送ったり、もっと話したりしたほうがよいですか?
- いいえ。写真が見せるのは、どんな見た目で何を着ているかで、フィールドではありません。話をすれば、中立に読むじゃまになる印象が生まれるでしょう。それでも、気にかかっていることは書いてかまいません。それがどう扱われるかは、「 相談したいこと」にあります。
- リコがある場所で何も見分けられなかったら?
- そのときは、そう言います。推測ですき間を埋めることはしません。作業は、見えているものに対して行います。
この先
ある場所を理解したときにリコが何をするかは、「 エネルギーではなく情報」で説明しています。リコがフィールドで区別する五つの段階は、「 リコがフィールドから読み取ること」にあります。リコの読み方については、リコ自身が「 私の仕事のしかた」のセクションで話しています。