スタート · 土台
沼ではなく、しっかりした地面
ご注意ください:ワークショップはドイツ語のみで行います。
安定とは、負担がかかっても持ちこたえるものです。なぜ二つのワークショップがしっかりした足場から始まるのか、なぜそれは直接にはほとんど練習できないのか、そしてなぜそれが知覚より先に来るのか。
土台 · 安定
安定しているとは、もう何にも揺さぶられないということではありません。最初の瞬間に、立ったままでいられるということです。
二つのワークショップは、この地面の上に築かれています。ここには、私が安定という言葉で何を言っているのか、なぜそれは直接にはほとんど練習できないのか、そしてなぜそれが知覚より先に来るのかを書いています。
私が安定という言葉で言いたいこと
覚えがあるでしょう。思ってもいなかったことが起きる。その最初の瞬間に、自分が今どこに立っているかが表れます。
リコの言葉(スイスドイツ語から翻訳)
安定しているというのは、何が起きても、まず最初の瞬間に落ち着いたままでいて、それから考えるか、あるいは本能的に正しくふるまうということです。安定した土台があるからです。
リコ・ブルンナー
ここには三つのことが含まれています。支えてくれる土台。最初の瞬間の落ち着き。そして、そのあとにふさわしいふるまい。よく考えたものでも、直感からのものでもかまいません。どれも感情ではありません。条件です。
私はこれを、足もとの地面でたとえるのが好きです。
沼の中で
何が起きても、ぐらつきます。一歩ごとに少し沈み、どんな乱れにも揺さぶられます。
しっかりした地面の上で
何が起きても、しっかりした足場があります。乱れはあっても、足もとの地面までは奪われません。
安定しているとは、いつも晴れているということでもありません。私のモデルでは、エネルギーフィールドの安定した部分は、雨の日も、強い風の日も、嵐の日も立っています。負担はあって当然です。安定とは、その負担の下で持ちこたえるものです。
なぜ直接には練習できないのか
私がいちばんよく受ける質問は、「どうすればもっと安定できますか?」です。私の最初の答えは、ひとつの制限です。安定そのものに取り組むのは、とても難しいのです。
これは仕組みに関係しています。エネルギーフィールドが求めているのは安定ではありません。落ち着きです。何かが落ち着かなさを持ち込むと、フィールドは反対向きの動きで応え、落ち着きへ戻ります。それが何度もうまくいくと、安定が形づくられます。安定は副次的に生まれるもので、狙って向かえる目標ではありません。
ですから、できることは別のことです。安定が形づくられる余地を、フィールドに与えること。いつもあなたにプレッシャーをかけるものを減らすこと。自分自身のもとにいる瞬間を増やすこと。そのいちばんシンプルなかたちが、自分自身のもとにいるにある基本の練習です。
なぜ負担過多から取りかからないのか
負担過多に立ち向かうのが、当然のように思えるかもしれません。私は逆に見ています。
リコの言葉(スイスドイツ語から翻訳)
90パーセント負担過多になっていても、まだ10パーセントの安定があります。
リコ・ブルンナー
私が目を向けるのは、この部分です。注意が向かうところで、何かが重みを持ちます。いつも負担過多のことばかり考えている人は、それにさらに重みを与えます。支えてくれるもののことを考える人は、その部分に重みを与えます。
支えてくれるものを何も感じないとき
つらい時期の真っただ中にいる人は、この支えてくれる部分をまったく感じないことがよくあります。そんなときは、別の問いが役に立ちます。
リコの言葉(スイスドイツ語から翻訳)
この負担過多から一歩出て、そこに集中するなら、自分を強くしてくれるものが感じられないなら、自分にとって心地よいものを感じます。
リコ・ブルンナー
何をするかは二の次です。どれくらいの忍耐が必要かは人によって違い、計画することはできません。
なぜ足場が知覚より先なのか
私のワークショップに来る人の多くは、たくさんのことを感じ取ります。でも、たくさん感じ取ることが、そのまま良いわけではありません。処理できる以上に感じる人は、負担過多になります。
リコの言葉(スイスドイツ語から翻訳)
私は知覚が開いています。何でも入ってきます。見分けることができません。それは、家のドアを外してしまったようなものです。誰でも入ってこられます。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
しっかりした足場がないと、知覚は大きくなっても、見分ける力はよくなりません。ですから、力は知覚にあるのではありません。あなたが自分自身のもとにいることにあるのです。自分自身のもとにいればいるほど、感じ取っているものがはっきりしてきます。
ワークショップでは、そのために二人の人を並べて見せます。二人とも2年間練習します。一人は知覚だけを、もう一人は足場だけを練習します。
リコの言葉(スイスドイツ語から翻訳)
すると、自分の安定にだけ取り組んだ人のほうが、2年後にはよりよく感じ取れるのです。より大きな安定、より大きな土台があることで、より多くのことを感じ、それを処理することもできるからです。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
だから「癒やしを学ぶ」は基本の練習から始まり、感じ取ることはあとから加わります。「感じ取ることを学ぶ」では、二人一組の練習のたびに、次の練習が始まる前に2分間、また自分自身のもとにいます。
状況ごとに違う始まり
今つらい時期の中にいるなら、始まりは、何にも負担を感じない小さな瞬間です。ここでは、誰もそれ以上をあなたに求めません。
自分の地面を見つけて、それを保ちたいなら、日常が自分の今いる場所を見せてくれます。いちばんはっきり分かるのは、思いがけないことが起きた最初の瞬間です。
感じ取ることでも、ほかの人と向き合う仕事でも、さらに先へ進みたいなら、しっかりした足場がその先のすべての前提になります。詳しくは自分も人と向き合う仕事をしたいならへ。
人は、いくつもの状況に同時にいることがよくあります。家族の中と仕事とでは違い、パートナーとの関係の中と一人のときとでも違います。
よくある質問
- 自分の安定に直接取り組めますか?
- 難しいです。安定は、あなたのフィールドが何度も落ち着きへ戻ることで形づくられます。その余地を与えることはできます。自分自身のもとにいるにある基本の練習と、心地よい瞬間によってです。
- 安定しているとは、もう何にも倒されないということですか?
- いいえ。最初の瞬間に落ち着いたままでいて、そのあとにふさわしく動ける人が、安定しているのです。それでも、雨も風も嵐もあります。
- 自分がどれくらい安定しているか、感じられますか?
- たいてい、ほとんど感じません。自分にとって当たり前のことには気づかないからです。それでも自分の今いる場所を見る方法は、家で練習を続けるにあります。
- ワークショップに来るには、すでに安定していなければいけませんか?
- いいえ。二つのワークショップは、まさにここから始まります。それより大切なのは、自分自身の限界が見えていることです。詳しくは自分の限界はどこでわかるかへ。
- なぜ負担になっていることに取り組んではいけないのですか?
- そうすることで、それがさらに重みを持つからです。支えてくれるものに目を向けると、その部分に重みが与えられます。
この先
二つのワークショップが始まるときの練習は、自分自身のもとにいるにあります。なぜ感じ取ることと見分けることが学べるのかは、天賦の才ではなく、手仕事にあります。