スタート · セッションを理解する
見えたことをどう伝えるか
ご注意ください:個人セッション(対面・電話・ビデオ Zoom)はドイツ語のみで行います。
フィールドに見えることを、一度にすべてお伝えすることはありません。いま受け取れて役に立てられることを選び、話しながら、それがどう届いているかを見ています。
セッションを理解する · 伝え方
フィールドに見えることは、お伝えすることよりずっと多くあります。その中から、いま受け取れて役に立てられることを選びます。
隠しごとでも、うそでもありません。一度にどれだけがよいか、どんな順番がよいか、という問題です。
なぜすべてをそのまま伝えないのか
「見えることを全部教えてくれますか?」という質問をよく受けます。答えは、いいえです。何かを伝える前に、それがどう届くかを考えます。
リコの言葉
私にとって大事なのは、誰かに助言をするなら、感じ取ったことを口にする前に、これはこの人にどう届くだろうか、と考えるべきだということです。だから、人がどれだけの真実に耐えられるかを、いつも見なければなりません。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
真実を一度に全部伝えないことは、うそとは関係がありません。けれども、真実は負担過多を招くことがあります。そして情報は、受け取れるときにだけ役に立ちます。すでに限界にいる人にとって、そのうえさらにそれを言われても、あまり役に立ちません。
リコの言葉
つまり、いま私が負担過多になっているとして、自分が負担過多だと知っても、あるいは誰かにそう言われても、何の役にも立ちません。それは人によっては、とても大きな負担過多を引き起こすことがあります。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
見えることと、伝えること
見えることと、そのうち伝えることについて、私はよく氷山のたとえを使います。大部分は水面の下にあります。
リコの言葉
私に見えることのうち、伝えられるのはほんの一部だけです。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
どの部分が水面の上に出てくるかは、相手しだいです。サンタクロースについてたずねる2歳の子には、14歳の子とは違う答え方をします。どちらも誠実な答えです。私は、相手がどこに立っているかを見ます。
どう進めるか
- 見るフィールドには、たずねられていないことも含めて、たくさんのことが同時に見えます。
- 選ぶそのうち何がいま先へ進む助けになり、何がただ重荷になるだけかを考えます。
- やさしく始めるどう受け取られるか確信が持てないときは、やわらかな言い方から始めます。
- 見守る話しながら、それがどう届いているかを、フィールドでも見ています。
- やめる多すぎるときは、話すのをやめます。聞き返されれば、先へ進みます。
四つめと五つめの段階を、以前こう表現しました。
リコの言葉
そして、何かを話している間、私はいつも見ています。反応はどうか。うまく受け止められているか、それとも負担過多になっているか。負担過多になっているなら、話すのをやめます。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
迷ったときは、多すぎるより少なめに伝えます。少なすぎた分は、あとから補えます。多すぎた分は、そうはいきません。
リコの言葉
口にした言葉は、取り消せないからです。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
どうやって身につけたか
最初からできたわけではありません。初めのころは、言いすぎていました。
リコの言葉
始めたころは、クライアントに情報を与えすぎて、負担過多にしてしまうこともありました。あとから振り返ると、何の役にも立っていませんでした。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
そこで早くから、一回一回のセッションを自分で振り返るようになりました。うまくできたか。何が起きていたかを理解できたか。できたなら、なぜか。できなかったなら、なぜか。話すことは昔から得意でした。けれども、いまのようにセッションで言葉を選べるようになるまでには、7年から10年かかりました。以前が悪かったからではなく、自分が何を言うかを、ますます丁寧に考えるようになったからです。
足元の地面を奪わない
聞いたあとで、どうしてよいかわからなくなる情報に、何の意味があるでしょう。あまりありません。行き止まりに立たせたり、足元の地面を奪ったりしたくはありません。ですから、難しいことに触れるときは、それについて私に見える道と見通しもお伝えします。そのうちどの道を行くかは、ご自身で決めます。
私の物差しではなく、その人の物差し
私のところには、決まりきった助言はありません。ある人に正しいことが、次の人には間違っていることもあります。
リコの言葉
でも私は一日じゅう、正反対の助言をしています。人はみな違うからです。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
助言をするとき、基準になるのは私の価値観でしょうか、それとも相手の価値観でしょうか。私にとって、答えははっきりしています。
リコの言葉
私の考えでは、基準になるのは相手の物差しです。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
そうでなければ私は裁くことになり、自分と同じような人にしか助言できなくなります。ですから、自分自身でも従うような助言をしていると気づいたら、それをもう一度確かめます。私の目標は、その人自身の道を伴走することで、私の道へ連れていくことではありません。
問いが合っていないとき
ときには、たずねられたとおりの形では質問に答えないことがあります。言い逃れではありません。
リコの言葉
そしてセッションで質問に答えるとき、よくこう言わなければなりません。その質問には答えられません、問いの立て方が間違っているからです、と。問いの立て方を間違えると、間違った答えが返ってきます。
リコ・ブルンナー、ワークショップ
そうした問いの裏には、コントロールできないものをコントロールしたいという願いがあることがよくあります。そのときは、言おうとしていることに答えるか、状況に合った問いを一緒に探します。ちなみに、私の言ったことが理解されたかどうかは、フィールドに見えます。
どの状況でも、同じ丁寧さで
つらい時期にいるなら、伝えることを減らし、いま何を支えられるかに一層注意を払います。築いてきたものを保ちたいなら、日々の暮らしに照らして確かめられる、いくつかのはっきりした点が話の中心になることがよくあります。さらに成長したいなら、会話がもう少し多くを受け止められることもあります。そのときは、もっと知りたければ聞き返してください。人は人生の領域ごとに違う場所に立っていることがあり、私は毎回あらためて見ます。
よくある質問
- 見えることを全部教えてくれますか?
- いいえ。いま受け取れて役に立てられることをお伝えします。残りは水面の下に置いておきます。
- では、何か大事なことを隠しているのですか?
- 何を伝えるかを選び、いつ伝えるかを選びます。間違ったことはお伝えしません。聞き返されれば、受け取れると見えたときに、もっとお伝えします。
- 何が起きているかを聞いて、受け止められるでしょうか?
- まさにそこに、話す前も話している間も注意を払っています。多すぎれば、やめます。
- なぜ友人は、私とまったく違う助言をもらうのですか?
- その方のフィールドが違い、それぞれにそれぞれの物差しがあるからです。
- なぜ質問にまっすぐ答えてくれないのですか?
- ときには、どんな答えも間違いになる方向へ問いが向いていることがあります。そのときは、まず合った問いを探します。
この先
セッションが始めから終わりまでどう進むかはセッションの流れに、セッションが何ではないか、どこで限界に来るかはセッションではないものにあります。